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先日、会の立ち上げ当初から交流をさせていただいている府中『雨宿り~子供を亡くされた親の会』で開催されたアートワーク『パステル曼荼羅画』に参加してきました。

ワーク講師は、『星のしずく』でも『手のり地蔵づくり』で大変お世話になった保坂三智子さんです。



パステル曼荼羅はパステルシャインアートのように、パステルを粉状にして描くカラフルな曼荼羅アートです。


描いたことがあるよー!って方もいるかもしれません。


そのときの心のままに型紙(柄)と色をチョイスして、粉状にしたパステルを指先にとり、紙面直に擦って塗り込んだり、またはパステルそのままで塗り込み、あとは型抜きに合わせて消しゴムをかけていくと完成です。

(完成後は定着スプレーで色を落ち着かせます)


とてもカラフルな色彩が特徴の画ですよね。

ウェブ上でも検索してみれば、一つとして同じものはない素敵作品たちに出逢えます。


それはまるで心模様…『心の花』を紙面に咲かせたようで、今現在の自分発見にも繋がったり。


📷私が描いたこの日の曼荼羅。

亡き娘と一緒に参加する気持ちでしたので、やはり彼女好みでもある明るめポップな色合いになりました。

特に向かって右側のミントグリーン、ミントブルーの画は、亡き娘のイメージです(*^-^*)。

こういう色味が大好きな子でした。



📷一緒に参加した『星のしずく』スタッフさんの作品も画像をお借りしました。

『和』を感じさせるムードがあると思いますが、どうでしょう(^^)。


描く人、その日その時の気持ちにより、唯一無二の『心の花』が咲いたようです。


娘を自死で亡くしてからは、私の心は一度死んだ状態に近くなりましたので、………まさかこんな色彩豊かなアートに自ら向かい、わくわくと色や型を選んだりできるような日が来るなんで、間もない頃は考えてもみませんでした。


事後から三年八カ月。

亡き大切な人たちが繋げてくれた、この世での人との巡り合わせがもたらした優しい時間に感謝しながら、今の私なりに心の花を咲かせることができた、とても良い体験となりました。

ありがとうございました。


自死遺族の集い『星のしずく』でもアート企画として開催する予定です。

詳細については暫しお待ちください。

星のしずく*管理人



◆自死遺族の集い◆

星のしずく・インフォメーション

※次回は11月8日(第2日曜日)さいたま市浦和会場です。


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埼玉県立精神保健福祉センター(福祉関係先リンクページ)一般社団法人

 埼玉県内各地の自死遺族の集いについて、最新情報が更新されています。


◆雨宿り 府中 自死遺族の集い Aグループ

 (子供を亡くされたご遺族)

 *午前中スタッフが個別にお話しを伺う一対一のわかちあいもしています(要予約)。

 10月の『わかちあいの会』は10月24日(第4土曜日)14:00~16:00を予定。


◆雨宿り 府中 自死遺族の集い Bグループ

 (パートナーを亡くされたご遺族)

 10月の『わかちあいの会』は10月24日(第4土曜日)14:00~16:00を予定。


◆自死遺族とうきょう自助グループみずべの集い

 10月の『わかちあいの会』は9月25日(第4日曜日)13:30~16:00を予定。

 (※開催の可否は今後の状況を見ながら、場合により予約人数制限あり)


▽それぞれの詳細はこちらから▽

 星のしずく*リンク*心をつなげる場へ

毎日が誰かの誕生日であったり、命日であったり、何か大切な記念日、つまり日々誰かの特別な日。

我が子の自死以来、ご遺族さんたちとの出会いも多いので、どこかで誕生日があり、どこかで命日があり、以前より意識して過ごすようになりました。


私にとって特別な日、というか『月』は9月です。


私が産んだ(亡き)娘の誕生月。

私を産んだ(亡き)実母の誕生月。

私と人生謳歌してきた(亡き)大親友の誕生月。

(そして人生を共に歩んでいる最中の主人も9月生まれだったり)。


その大切な人が亡くなったことにより、更に強調されるように感じる『大切な人の誕生日(月)』ですね。



楽しかったことも悲しかったことも、この世に生まれてきたからこその出来事。


誕生日に(感謝の思い)重きをおくようなこんな気持ちになったのは、娘の事後から4年目だからでしょうか。

正直、事後一年目、二年目……誕生日にはどう思えばよいのか、どう過ごしたらよいのか、無視もできない、悲しみの方が強く、複雑に揺れ動いていました。

けれど4年目を迎える今は、ご遺族さん方の大切な亡き人の誕生日も心から嬉しく切なく思いますし、感謝の気持ちも無理なく共感できるようになってきたのです。


私にとって、いつもより何倍も彼方の人たちをたくさん思い出して感じたい9月になりました。



母も娘も親友も、私と同じく絵画大好き人間です!

描くことは呼吸するのに近く、躊躇が無い人種?というのか、思えば思うほど通じるものが有り過ぎる愛する亡き人たち。


この世では、その人の見た目(ビジュアル)や、時に本心ではない言葉からの先入観がどうしても入ってきますので、そちらに気をとられて気がつき難いのですよね。

体(目に見える形、只今聞こえる語り)を無くした時点で彼方の人たちを思い偲ぶときに、心で(やっと集中して)その方その者を感じることができるようにも思えるのです。



大切な人を喪うことは辛いです。

断腸の思いとは、よく言ったもの…。

突然ならば受ける衝撃も大きいです。

それが自死であったとなると、また複雑な悲しみと苦悩も絡んできます。


それでも、事=『負』ではなかったことを私なりに上げるとすれば、世界に拡がりができたということでしょうか。

喪失という取り戻せない悲しみから、今生きているこの世での繋がりを越えて、彼方へ馳せる強い思いにより、拡がりを持てた世界もあると。


アートセラピーに心が向かうのも、そうした流れからなのかな。

このお彼岸中も彼方からの采配か、アートワーク懇談会と称して(^-^)/セッションする機会に恵まれました。



 * * *


🎨今回のウォーミングアップ心象画は、その日の『朝目覚めた時』の気分をデジタルで表現してみること。

しかしアナログも混在?笑……画材がオイルパステルなので、どうしてもアナログなノリになるのかな?

画用紙中央のヤル気を出してるコミックタッチの顔表情が、デジタルな表現になるようです。

(つまりこの日は朝からヤル気だったんですね私。ニヤニヤした絵)



【量感画】

今回のメインカリキュラム『量感画』に入ります。

🎨講師さんが選んできたモチーフは林檎!←亡き大切な人を繋ぐ故郷の特産品でもある林檎に、実はドッキリしました(;´Д`)。


🎨モチーフを単に見たままに描くのではなく、ナカミから描き重ねていきます。

種もポチッと描いてみたり。


🎨食べたときの感じ、ひろがる香り、味………、五感を通して“感じ描く”。

普段はあまり使わない右脳をいきいきと(生きる意欲にも働きかけ)活性化させる目的もあります。


🎨オイルパステルの混色による、繊細で重厚な色彩も表現して楽しめます。

パステルで描きこんだところを割り箸で削ってみたりすると、思いもよらない効果が上がったりもします。


🎨オイルパステルを定着させるためにパウダーをまぶし、ちり紙でまんべんなくのせます。(そのあと、余分な粉は叩いて落とします)


🎨モチーフ林檎を切り取り(どう切り取るかは作者の自由)。

私は少しだけイビツに切り取りました。


🎨背景色画用紙をチョイスして、フォントが印刷してある文字なども切り貼りコラージュ。

ワークショップで額縁も自分好みでコーディネート。

じゃーん、出来上がり。

私の“今日”は、こんな感じ??


まんまるつやつや真っ赤な林檎は、まさに懸命に歌う!先日動画で観れた亡き娘のイメージだと、あとから思い偲びましたよ(´;ω;`)👌

亡き娘や母、親友ともセッションが出来たと思える濃い(恋)時間となりました。

m(__)m本当にありがとうございます。


五感を通して描く量感画。

『星のしずく』の集いでも、今後取り入れてみたいアートワークの一つです(^-^)。

星のしずく*管理人



◆星のしずく*自死遺族の集い◆

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『新宿の母』ならぬ、上野駅から(不忍池沿い)繁華街に向かう歩道上に『上野の父』という占い師さんが居るのをご存じの方はいるでしょうか。(←何の話題だ)😅


今から15年程も前の事、故郷から東京都内に数日間だけ遊びに来ていた私の大親友を連れ立って、当時小学校5年生の長女と保育園児だった亡き子(次女)と4人で食事したあと、駅周辺を散策しているときに目にした看板行灯が『上野の父』でした。


飲食後の酔いも手伝い、なんだか盛り上がり…その場のノリで子供たちも含め手相をみてもらいまして、そのときの占いで言われたことを、今になってよく思い出すのです。



長女⇒『先生』と呼ばれるような、指導者的立場に向かう相が出ている。

(現在大学卒業後都内勤務しながらノベル作家を目指している)


次女⇒思春期に反抗期とは違うが、なにかとんでもない事になりそうな相が出ている。よほど注意して見ていてあげて………との助言も。

(2017年に14歳で自死)


親友⇒『うーん………』(←言葉に詰まる上野の父)恋愛運を占ってという親友に対し、差し障りのないことを語る。

(2012年病死)


私⇒あなたはひたすら学ぶことの多い人生、生涯通して学ぶべきことがこの先もずっと続く相。

(そして現在に至る)



私は占いにハマるようなタイプではないので、こういう路上の手相占いは、酔いに任せた面白半分で初めての体験でしたし、言われたことなどあまり気にも留めなかったのです。

が……、この後に起きてしまった事実を照らし合わせると、かなり当たっているとも思え、今になり気になり出しているだけなのでしょう(^_^;)。

(あの占い師さんは、まだあそこでやっているのかなぁ)


けれど、当たっているとすれば、私に関しては『生涯通して学ぶべきことがこの先もずっと続く相』ということですから………それはどうゆうことなんだろう?と。

とはいえ、これはどの人間にも当てはまることでもありますよね。

ガンジーがのこした名言を思い浮かべます。



明日死ぬかのように生きよ。

永遠に生きるかのように学べ。


今更ながらですが、これが今現在、私の座右の銘です。



長い前置きになりました。

今月11日~12日、二日間にわたり、東京の専修大学新館9階と10階で、全国自死遺族連絡会が主催する『日本・ポストベンションカンファレンス』に、スタッフ枠で参加させていただきまして、知らないことを知ることに努め、少しばかり学んできました(^-^)。


テーマもずばり『喪われた“いのち”から学ぶ』でしたからね。


ブログを閲覧してくださる皆様にも、要約したレポートをシェアしたいかと思います。



 * * *


この二日間のカンファレンスの中で、個人的に「へぇ~」ボタン10個押しの講演は、『韓国』での自死遺族ポストベンション(事後対応)の取り組み方でした。

新聞やテレビニュースなどでは流れている記事なのかな?

わかりませんが。


演題:海外事情について呉恩恵(オ・ウンへ)さんのお話では、突然自死遺族となった者が心に受けるダメージの大きさから、様々な事や法的手続きで動き回るのが困難である場合もあるので、状態に応じてケースワーカーがつくらしいのです。

また、自死遺族に対して(申請者対象かもしれませんが)日本円にして一人一律30万円ほどの助成金が支給されるということもお話されていました。


どちらの取り組みも、自死遺族の深刻なダメージは日常生活にも支障をきたすということがこれまでの実例で国に理解されたからこそ、可能になったことですよね。



また同時に『宗教系自殺予防指針書』なるものも開発され、代表的な宗教団体に向けて作られたことも、大きな進歩だと感じました。


これは日本国内でも動きがあると思われます。

分科会で、『自死に向き合う僧侶の会』にも参加しまして、宗派の違いを超えて自死問題(自死遺族)に取り組むべきであるとの問題意識から、宗派によっては当事者(自死念慮者の声・自死遺族の声)に実際に耳を傾けながら、改善開発されてきているようです。


自死(自殺)に対する偏見を取り除いていくための一つとして、正しい知識の普及に基づいた防止策が必要となってくると思います。

「自殺者は地獄に落ちる」だの、そういう子供騙しの戒め的な刷り込みではなく、もっと本質的な部分からの救済に繋がる策を定着させるために、新しい取り組みが日本でも少しずつ確実に進むようにと願って止みません。

微力ですが、自死遺族当事者として出来る範囲で協力していきたいなと考えましたし、永遠に生きるかのように(^_^;)まだまだ知ること学ぶことも多いなぁと心底思わされるカンファレンスでした。


私にとって、こうした活動に関わることは、自死で他界した娘に関わることでもあり、自分はこの世に居ながら一緒に生きていると思える大切な時間なのだなぁとも、あらためて思いました。

星のしずく*管理人



◆星のしずく*自死遺族の集い◆

※次回は11月8日(第2日曜日)さいたま市浦和会場です。


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9月に入っても、連日連夜の猛暑が続いていたさいたま市内でしたが、その暑さがスーッと引いて凌ぎやすくなったと感じた9月の第2日曜日(13日)に、第6回 星のしずく*自死遺族の集いを新会場『さいたま新都心 集会室』で開催しました。


参加者は28名、うち初参加の方は6名でした。


全員で簡単な自己紹介(どなたをいつ頃亡くされたのか、今の心境や近況etc.)をした後、立場別で分けたりの線引きをせずに、5グループにわかれてトークタイムを持ちました。




普段の生活で、心無い人からのデリカシーに欠ける言葉を聞かせられて、人間関係を切ってきたこと。


相手に悪気がなくとも、傷つけられてしまうこと。


  だから

  友達だけじゃない、身内断捨離。


これほどの悲しい目に遭い、更に追い打ちをかけてくるような人もいる。

周囲の目、知人からの言動、揶揄を含んだ嫌がらせ。

そういう、生きていようが思いやりの欠片も無い、人の道を外れた行為こそが、本当の意味での『自殺』なのではないのか。


  私の大切な人はそうじゃない、社会生活の中で様々な葛藤から人として悩んで悩んで考えて考えて、心を痛め、未来を悲観し、思い詰めてしまった人間なのだ、と考えさせられました。



ナイーブで優しい人だった

おもしろい人

頭も性格も良い☆

カッコ良かったよ



口を衝いて出る大切な人の『自慢話』だってあり。


……愛しくて悲しくて、綻んだ顔で涙して、思っても思っても、また思ってしまう。


死んで尚、思い出の中で息づく愛する人たち。

懐かしいあの日あの時の話題は、始まったらもうエンドレス。


2時間半などあっという間に過ぎてしまいます。



最後に全員で一つ輪になり、その場で出来る軽いストレッチをした後、一言感想を述べ合い、閉会となりました。

秋雨前線が近づいて、少し不安定なお天気のなか、参加してくださった皆様、お疲れさまでした。


 * * * * *


次回【第7回】星のしずく*自死遺族の集いは、11月8日(第2日曜日)に浦和コミュニティーセンター第14集会室で開催予定です。

お気持ちが向きましたらご参加ください。

お待ちしています。

星のしずく*管理人

日本・ポストベンション・カンファレンス+第13回 全国自死遺族フォーラム開催のお知らせ。


期日 2020年9月11日(金)~12日(土)

時間 10時から16時40分

場所 専修大学(神保町) 新館(10号館)9階・10階

主催 一般社団法人 全国自死遺族連絡会


テーマ『喪われた“いのち”から学ぶ


趣意、目的

各分野の専門家と遺族が、かけがえのない命が失われたという事実と遺族の無念という原点を、埋没させることなく語り合い確認しながら、法的支援も含めたポストベンション(事後対応)とプリベンション(自死防止)について考えてみたい。

本カンファレンスは、そうした討議を通して、総合的な自死対策に結び付けることを目的として、開催するものです。

(要約)


【第1日目】9月11日(金)

10時~12時30分

◆開会

◆全体会

◆主催者あいさつ

 一般社団法人 全国自死遺族連絡会 代表理事 田中幸子

◆来賓あいさつ

 岡 英範 厚生労働省 大臣官房参事官(自殺対策担当)

◆基調講

 演演題「憲法から見たいじめ自死」

 憲法学者 木村草太氏

◆海外事情について

 韓国呉恩恵氏

 自死遺族の声


(休憩)12時30分~13時30分


第1回分科会(13時30分~15時00分)

*第1分科会会場9階

 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター(CSPSS)

*第2分科会会場10階

「行政における自殺対策のこれから~地域精神保健活動との連携を糸口に」

*第3分科会会場10階

 自死・自殺に向き合う僧侶の会


第2回分科会(15時10分~16時40分)

*第1分科会会場9階

 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター(CSPSS)

*第2分科会会場10階

 国際ビフレンダーズ 大阪自殺防止センター

 土曜日の集い・水曜日の集い

*第3分科会会場10階

 いのちの電話がひらく「わかちあいの会」



【第2日目】9月12日(土)

10時~12時

第3回分科会

*第1分科会会場9階

 自死遺族等権利保護研究会(民法学者・弁護士・司法書士・精神科医・ジャーナリスト・自死遺族)

*第2分科会会場10階

 ナインの会(キリスト教信徒だけの自死遺族の会)(東京・大阪・名古屋・サテライト開催)

*第3分科会会場10階

 あんじゅ(自死でわが子を喪った親の自助・他助グループ)


(休憩)12時~13時30分


【第13回全国自死遺族フォーラム会場9階】

――第1部――13時30分~15時30分

◆基調講演

演題「自死遺族の悲しみと社会的活動」

上智大学 教授・自助グループ研究者 岡 知史 氏

遺族の声2名


(休憩)15時30分~15時45分


――第2部――15時45分~16時30分

◆セレモニー(メッセージカード配布)

*亡き人たちの映像(ライアー生演奏)

*亡き人の思い出(遺族朗読1分)20人程度

*メッセージカード奉納


◆閉会

主催者あいさつ

16時30分終了

明けない夜はない、というような言葉がありますが、我が子の自死に遭ってからは、そのような言葉こそ私の辞書からは無くなってしまいました。

それどころか、長夜こそが人生であり、その暗闇の中に産み落とされたのが人間なのじゃないのかと考えるようになりました。


実際目に見える日常では、太陽光が当たる昼と当たらない夜があり、太陽光が射している時間は物理的には明けているわけですよね。


でも、そんな日中であっても『人生自体』は暗闇。


一歩先は誰にも予測できない事が起こりうる闇。




思えばこれまでの人生の中でも様々な想定外の出来事はありましたが、やはり段違い、レベル違いでの衝撃を受けたのは、亡き娘の事です。


正直、知らなくて良いほどの壮絶な心の苦しみ、葛藤、不快な痛みと深い悲しみ。


持ち前のノー天気気質とポジティブ思考で乗り越えられてきたような事柄とは比べ物にならない心に受けた傷と後遺症。


けれど、それらの体験により、藻掻いている最中に思ったことは、『もともと人生は暗闇を歩いているようなものなんだよな』ということでした。


こんなことを言うと、「お前大丈夫か?」と読んでくださった方に呟かれそうですが、事後間もない頃ならばともかく、今現在、三年七ヵ月経って冷静に考えてみてもそう思いますし、一歩先は闇の長夜を歩いているのだと(ある意味)自覚できたからこその、新たな気づきもありました。


人生(長夜)には、灯(ともしび)となるモノが、とてつもなく大切であることをあらためて思い知ったのです。


ともしびとなるモノは、人により様々違うのでしょうし、たくさん必要とする人もいれば、何か一つだけでも十分な人もいると思います。



私にとって、事後、ともしびとなってきたモノたち。


『人との交流(で得た言葉や考え方)』

『事(新しいモノへの出逢いとなる場的な)』

『自然(草花や風景)』

『動物(との触れ合い)』


言葉に関してはまたつい先日、【月のうさぎさん】というAmebaブロガーさんの【もう1つの罪悪感】というブログの中に見つけたので、シェアしたいなと思い、ご本人様に伝えましたら、更に詳しくテキストを探してくださいました。

本当にありがとうございました。



人間はみんな、生まれた瞬間から死に向かっている。

どこかで命はついえるので、それを自分で選ぶのかどうかという違いでしかない。

日常の行為も、自分で決めてできることなんてほとんどない。

病気になりたくてなるわけじゃないし、なるまいと思ってもなってしまう。

自死の場合、それが心だったというだけです。

体を病に侵されて亡くなられるのと、心を病に侵されて亡くなられるのと違いはそんなにない。

自死は一見、自分の意志で亡くなるように思えますが、それだって心が思うようになるのであれば、死なないわけです。


<高野山真言宗の猪智喜さんの記事より一部引用>


★小冊子『宗教者へのインタビュー

他にも様々な宗教(宗派)の方々から、自死についての考え方が載せられています。



私も亡き子の事があってから自死について調べてみたり、考えてきたのですけれど、ほぼ同じ考えを語ってくださっていた方がいたのだと、月のうさぎさんブログで発見できて、有り難く長夜のともしびにさせていただきました。


📷MOKICHI TRATTORIA

気心の知れた自死遺族さん方と、神奈川茅ヶ崎市にある人気店で食べ飲み歩き。会話のあちこちに普通に登場する亡き子たちに纏わる話題。ともしびの一つとなるこのひとときにも感謝しています。


照らしてくれる灯りがあることは、無明の中で無駄に転んで擦り傷を増やしたり、それが致命傷になることを防ぐことにもなったり、ほんの少し歩きやすく生きやすくしてくれていると感じます。

星のしずく*管理人



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【第7回】星のしずく*自死遺族の集い

日 時 *2020年11月8日(第2日曜日)

    *13:30~16:00(受付13:10より)

場 所 *浦和コミュニティーセンター第14集会室 ※11月は浦和会場です

     〒330-0055 さいたま市浦和区東高砂町11-1 10F

     (JR浦和駅東口徒歩1分PARKO10階)

     ↑ リンク先か トップページの地図を参照 

座席レイアウト自由スペース、広い会場です(最大72名座席)

新型コロナ感染拡大防止対策上でのお願い】

 🔺マスク着用でご参加ください。

 🔺お飲み物等は各自ご持参ください。

 🔺ゴミは会場専用のごみ箱へ(外へ持ち出さない)。

 🔺会場設置のハンドジェルで消毒を。

 🔺参加費 300円(会場開催費用等)。

*会場案内は『星のしずく』と表示されています。

*匿名での参加もOK、予約等は不要です。

 🔺感染症拡大が落ち着くまで参加者様は、連絡先(G-mailなどでもOK)を任意でかまいませんので教えてくださると助かります。

*お互いのプライバシーを守るため、若干のルールのもとで行っています。

*参加者は自死遺族(パートナーは婚姻関係不問)のみの会です。

*営業・調査・研究目的の参加はお断り申し上げます。

*『星のしずく』は、いかなる政治・宗教等とは無関係です。

 お気持ちが向きましたらご参加下さい。

 安心して、少しでも心の内をオープンにできる会を心がけています。

 /星のしずく*管理人


【2020年開催予定日】

奇数月の午後1時30分~4時の開催を予定しています。

会場予約等の都合により変更になることがあります。

 第4回 終了しました。⇒開催報告

 第5回 終了しました。⇒開催報告

 7月12日 アートワーク『手のり地蔵』終了しました。開催報告

 第6回 終了しました。⇒開催報告

 第7回 11月8日(第2日曜日)開催予定です。

 12月12日 アートワーク『曼荼羅パステル画』を予定しています。

【2021年開催予定日】

 第8回 2011年1月を予定しています。

 2月7日 アートワークを開催予定です。

【2019年過去ログ】
  第1回⇒開催報告
  第2回⇒開催報告

  第3回⇒開催報告

逆縁自死で我が娘を喪ってから、できなくなったことがいくつかありました。


『食べれなくなった人』

『眠れなくなった人』

『喋れなくなった人』

『人に会えなくなった人』

『なにもヤル気が起きなくなった人』


ご遺族にも様々あると思います。



私ができなくなったことは、テレビの音を含め、音楽を聴くこと。

映画鑑賞、ドラマ鑑賞、……できなくなりました。

絵画鑑賞、まわりの風景から色が感じられなかったり、暫く大好きな絵も描けなくなりました。


食べれます、眠れます、家事もほどほどにできます、必要最低限の生活に関することはできていたのです。

しかし上記の娯楽に関することができなくなりました。


自己分析、特徴としては、心を揺さぶられるモノや事を避けるようになったということでしょうか。

なるべく感情の起伏を抑えるように自己防衛する感じだったのかな、と。


けれど、それも一年経つか経たないかで徐々に回復して、以前のように100%?楽しめなくとも、それ以前とは違う新しい感じ方で、できなかったことに接することが可能になってきたように思います。




新しい感じ方



事後に新たに出会った多くの方々との御縁繋がりで、たまたまオンラインで某所の副住職様を交えて、法話にも触れながら自死遺族(ある程度面識のあるメンバー限定)で、zoom会合に参加させていただきました。


これまで自死遺族の集いをガチでオンライン開催はしたことがないので、お試し……という感じでしたが、そこでのお話で、思いもよらず個人的に自身の心の中にストンと入って落ち着いたお話がありました。


キーワード『新しい感じ方』にも通ずるようなお話です。


大切な人を喪ってから、生前では気づかなかった“その方”に、新たに出逢うことがある』と、仰ってくださって。

その通りなのじゃないかと、私は思ったんです。


亡き娘のことも全てわかってきたようで、実はうわべのお世話をしてきたにすぎなかったのではないかと、自責を含めた感情で語るご遺族さんは多いですし、私もそう思います。


本人の癖や体の特徴などは目に見えてわかって記憶していても、もっと掘り下げた人としての内面に気づいていないことがたくさんあり、だからこそ生前のときより、もっともっと彼方の彼等を想うようになったり、考えを巡らせてみるようになり………


それは亡き娘との新しい出逢いのようでもあると、私の胸の中にストンと落ち着きました。


私の知らなかったゆうちゃんとの出逢い、想い、それを通して私が生きていく上で、ゆうちゃんとの新しい絆も生まれていく。


そういえば共感しながら読ませていただいている自死遺族ブロガーさんたちの多くが『一緒に生きていく』という思いを言葉にしていて、なぜ私もそれに共感できるのかが、あらためてわかったように思います。


悲しいことも含めて、過去の楽しい思い出を宝物に、喪ったからこそ強く思い巡らし感じる『新しい亡き娘』とも、付き合い続けて生きたいなぁと、その思いにあらためて同意しました。


📷画面向かって左から二番目が、生前の亡き娘です。校外学習で都内某大使館へ行った道中に撮ったものかな。


2020年晩夏、なんと事後から三年七ヵ月経ち、当時中学校の皆さんからいただいたDVD動画を観ることができました………!

自分の感情が暴走するのが怖くて、死ぬまで観ることは不可能だと思っていたものを意外にサックリと!


いや、サックリとはいきませんでしたね(三年七ヵ月はかかりましたし)。

そして、あまりにも一生懸命に生きて居た亡き娘の姿に、残暑も手伝い汗を流して熱く見入ってしまいました………涙でなく汗です!


二年一組、校内合唱コンクールで金賞獲得の舞台では、頬を赤らめて体で拍子をとってパワフルに歌っていましたよ(; ・`д・´)!

それでも翌年一月に自ら命を絶つ。

私の知らない悩みに思い詰める彼女も居たのですよね。


自死することへの理解はできなくとも、生前は知らなかった亡き娘のこと、もっと知ったり感じたりして生きたいです、せっかく出逢ったのですからね!


一緒に歌った同クラスのみんなは高校三年生、大人になっただろうなぁ。。


うちのゆうちゃんの姿は無くなりましたが、大きく育っているようですよ、私の中で。

星のしずく*管理人



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続く…収束の見えないコロナ禍で、亡き娘のお墓のある八戸への盆帰省、今年は本当に悩みました。


地元民各家庭の(大袈裟ではなく)、親族のお盆帰省は恐れられていて、できるなら今年は控えてほしいと、無言の圧力ですね。

や、八戸在住の実妹には、「今年はうちの子たちも東京から帰省しない。母の初盆はあるけど、私と父でやっておくから」と、しっかり言葉で制止されていました。


けれど、こちらも勝手ながら思うところがあり、一言返しましたが、口論は避けて一週間の予定を二泊三日に短縮し、お盆帰省を“させて”もらいました。


(主人の実家では特別何も言ってこなかったらしいです)が、我々が帰省中は義妹さん家族は、実家で出会さないよう、どこか近場へ旅行にでかけていたようです。


こんな状況下、マイカー帰省も考えてはいたものの、他県ナンバーでは止めたほうがよいと実父から言われ、また、ニュースなどを見ても新コロ絡みの芳しくない事件が地元で起きていたので、結局新幹線を使うことになりました。

青森県知事のコメント


📷娘と実母のお墓が並ぶ霊園内。


墓地のまわりには桜の木がびっしり植えられていて、夏には木陰となり涼むことができます。


この夏はコロナ禍のお陰で、この霊園内をたくさん歩きました。


最低限の外出にとどめ、実家近くの霊園やコンビニを行き来するだけという、ひっそりとしたお盆供養。

主人とも(密を避け)それぞれの実家に分かれて宿泊したので、話す相手もいない(濃厚接触を避けるため実父や妹とも帰省していながら電話やLINEでやりとり)、やれやれですが(^_^;)………亡き娘と実母を思い偲んで過ごすことに集中できる貴重な二泊三日になりました。


📷いまだにうちの墓誌には亡き娘の名前しか刻まれていませんが、今年からは横隣のお墓には私の実母も刻まれたので、寂しくはないかな? なんて自分自身に言い聞かせてみたり。


「今年はこっちも暑いねえ、お前は暑いのが苦手だったからキツいんじゃない?」と、水を多めにバケツごと浴びせてやりました。←おい


仏間でも墓地でも一人呟き星人と化し、おもいきり怪しい人物に(;´∀`)。


📷迎え火、送り火。とは言いますが、私の気持ちの上では(亡き人々との盂蘭盆会に供え灯火し、いつもより明るく故人を照らして思い偲ぶ)、こちらからの『贈り火』と脳内変換されています。


亡き娘は常に彼方と此方を行き来し、遠からず近からず魂は傍に居てくれてると日々感じているので、お盆に帰ってくるぞ~というより、お盆は(普段あまり思い出さない先祖や故人も集めて、皆でパーティーだよ~ という感じ。

そのパーティー会場への案内を兼ねておもてなしする灯り、此方からの『贈り火』というわけです。


そんなことを言うと、本来の意味とちょい違うだろ、とツッコミを入れられそうですが、捉え方として悪くはないのでは。


霊園お盆散策では、亡き大親友のお墓前でもおしゃべりしてきました。

(愚痴も話してスッキリンコ?)

親友は、はた迷惑だったことでしょう 笑


📷冷酒とホヤの一夜漬け。


主人と私と亡き人々との密なる盆会食は、地元で人気のお寿司屋さんで。

亡き娘は食いしん坊、亡き実母はお酒好きでしたからねぇ。


📷行きも帰りも新幹線の中はガラガラでした。


ソーシャルディスタンス10メートルは保たれていたんじゃないか!と思ったほどです😅。


そのぶん、彼方とは密に過ごした2020年夏。

これもある意味“禍福倚伏”ということでコロナ禍(夏)波に乗り、なんとか溺れずには済んだかなぁ、と。🌊🏂


 ☀ ☀ ☀


さいたま宅に戻ると、藁で出来た精霊馬がニャンズに噛まれてボロボロになっていました(◎-◎;)。


ま、いいでしょう。

亡き娘はそれに跨がろうが跨がるまいが行ったり来たり、魂は常に傍に居てくれてるはずですから。

星のしずく*管理人



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我が子が自死してからは、絵に向かう行為自体が苦痛で仕方がありませんでした。

家のあちこちに散らばっている画材を目にしても、絵を描くのが好きだった亡き娘を思い出し過ぎて、「あの子はこの世で二度と描けなくなったのに、私だけが描いて楽しめるわけがない」と、封印していました。


けれど事後1年半年後から、このままでは身も心もダメになってしまいそうだと、救いを求めて『間(魔)』を埋めるために描き始めてはいました。


少し頑張り過ぎていたんですね。

何枚かの作品完成後2019年1月から、ほぼ1年8ヵ月ほど絵画(イラスト)からは遠ざかってしまいましたから。



しかし、ここへ来てやっと(たぶん)心の底から「本来好きだった絵画をやりたい」「そして亡き娘も好きだった絵画を“一緒に描いて”楽しみたい」と思えてきたので、これまでとは違う、何かしらのキッカケを待っているような状態だったのでしょう。


私が徐々にそういう気持ちになってきたところへ、偶然の? いや、他界して天(そら)へ逝った大切な者たちの采配にも感じる)出会いがありまして、これは見過ごしてはいけないという強い気持ちが動き、こちらからお願いして某所のアトリエへお邪魔させていただける運びとなり、個人的なアートワークと称したお絵描きウォーミングアップをしてきました。



さっそく描いたのは心象画。


基本、個人的な心の中のイメージを描くものなので、自分以外の人に共感してもらったり賞賛に値するような絵にする必要は全くありません。

そもそも目的が違うんでしょう。


そんなアートセラピーの一つとしての心象画で、ウォーミングアップを開始です。


📷この日の、今の気持ちを描く。

画材はオイルパステル(パステルとクレヨンの中間みたいな)。

ピピッときた2色を選んで、思いのまま描きます。

で、こんな感じになりました(´・ω・`)

ひょうひょうとしてる感じ?

なぜかカフェオレ風の色味になっちゃいました。


📷悲しみを今の気持ちで描いてみよう。

こんなん(困難)出ましたぁ~(;´Д`)。

アート士さんからは、「真っ黒に塗りつぶされていない、画用紙白が見える、もやもやした状態なのが特徴」と。

描く人によっては、白い画用紙が見えないほど塗りつぶす方もいるようです。

これは“今の私の”悲しみの状態なのかな。


📷イケてるぅ~☆ときの気持ちを描いてみました。

スカッと爽やかな、しゅわしゅわな感じです(^^)。


📷やさぐれてる気持ちを描いてみました。

スキマから厭らしい目で向こう側を覗く感じ……。


📷ナイス!バッチリ!いいね☆の気持ちを描いてみました。

レゲエ調カラーか!?(ラスタカラー)に似てる感じですね。


📷絵葉書を今日の気持ちで描いてみました。

豚さんは生前の娘のイメージですが、今はこの世での苦しみから解放されて笑ってると良いな~と(; ・`д・´)ぶーぶーでも笑っていればよいな~。


📷『ゴーヤの青空』

(画材はアクリル←油彩と水彩の中間みたいな感じ)

凹凸もつけたので、角度を変えてみると、海に浮かぶ島にも見えます。

開放的?解放されたい願望でしょうか(^_^;)。


📷室内ライト具合を変えて撮っていただいた画像。

アート士さんからは「天空のアイランド」に見えなくもないと!?笑!

ゴーヤ!天空アイランド!?へ

Go~Yah~~!! Island!? 願望かもですね(;゚Д゚)やはり。



この日の『自分自身発見』はこんな感じでした。


室内で絵を描いただけでしたが、久々にプールで泳ぎまくったような心地よい疲れで、翌日は(日曜日でしたが)ほとんど寝ていましたよ~。


また体験したいですし、自死遺族会アートワークでも取り入れてやってみたいなぁ!と考えていたりします(^^)。

星のしずく*管理人



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子供たちが夏休み中、約一週間は実家のある故郷八戸へ、避暑も兼ねてお盆帰省するのが我が家の毎年の恒例行事でした。

八戸の観光スポットの一つに、天然芝生の美しい『種差海岸(たねさしかいがん)』があり、必ずそこを訪れて、ほんのひととき都会の喧騒から遠ざかり、目の前に広がった緑の芝を闊歩し、太平洋と大空を見渡しながら故郷の潮風を満喫するのが年に一度の楽しみで、お盆先祖供養は二の次という感じ。


水平線を目指して、両手を広げて走ってゆく亡き娘の後ろ姿は、ずっと心に焼き付いています。



ゆうちゃんは、八戸が大好きだっただろ?」(主人)


あいつ、あそこへ行くと一日中ゴロゴロしていても文句言われないって、楽しみにしてた」(長女)


娘が自ら死を選択した日から、ほぼ半年後の2017年夏。

両家並べて既に購入していた墓地のある八戸の霊園へ、亡き娘の納骨を決心したのは、主人と長女の上記の言葉を聞いてからでした。

それまでは、私か主人が亡くなるまで、さいたま市の自宅で手元供養しようと考えていたんですけどね。


確かにあの子は八戸が好きでした。

田舎ならではの、ゆったりとした時間の流れが性に合っていたのだなと、今さらながらに思います。


遺書には「疲れてしまって」という一文もありました。

当時のクラス担任とのやりとり日誌の中では、「部活の顧問との戦いに勝ったら、どこか遠くて凍死したい」みたいなことも書いてありました。


凍死=冷たい、寒い地域のイメージ、八戸はぴったりじゃないか、と。




供養の仕方は、今では多様化しており、ひと昔前ほど『こうしなければならない』とか『それでは成仏できない』など、宗教上のシキタリを重んじた忠告を受けるような場面は少ないのではないのかな、と、私は思うのですが、どうなんでしょう。

(まだあるんでしょうか?)


あとはご遺族の気持ち重視で、様々な問題との折り合いをつけながら進めていけるのではないのかなと。


かえって家族の間で意見が分かれるのが面倒かもしれません。

うちは私だけが手元供養希望、主人と長女は故郷のお墓へ納骨したほうが良いと、はじめは意見が分かれていたので(^_^;)。


結局、事後半年後の初盆で納骨式を執り行うことに決まり、さいたま自宅から八戸まで、新幹線の中もずっと亡き娘のお骨を主人と交代で抱いて帰省しました。


楽しいだけだったお盆帰省が一変。

腕に残る遺骨の重み、周囲から浮いた悲愴感、絶望的な心境に追い打ちをかける2017冷夏。


なんでこんなことまでしなきゃならなかったんだろう」と、一緒に新幹線で帰省した長女の言葉も忘れません。


親や自分をこんな悲しいめに遭わせるなんて……!」という怒りもかなり強かったのだろうと思います。

が、母親の私としては、とにかく信じられない気持ちがまだまだ強く、なんの罰ゲームでこんな重たい荷物を持たされているのか? 次女はどこへ行ったのか? 先に故郷へ帰っているのか?

……気持ちがついて行けないのです。



 ――お盆には、故人の霊が帰って来るという


 ――あの子が故人?


帰省中、八戸は連日雨か霧雨。

それでもあの種差海岸へ意地でも向かいました。

生前最後の夏休みを追う作業を家族三人で言葉少なに決行。


でも、(当たり前ですが)亡き娘はどこにも居ません。


そして納骨式。


地域によって風習が違うのだとも思いますが、納骨式では、用意された大きい風呂敷の端を親族たちで持って広げ、そこに骨壺からお骨をバラバラと出します。

そこから喪主をはじめ順番に、直接素手でお骨を拾い、お墓へと入れていくのですが、さいたま市内での納骨式では骨壺のままお墓へ入れるというのを聞いていたので、正直、考えてもみなかったこのシキタリにギョッとしました。

怖いというより、はやり信じられないという気持ちが大きく、他人事のように淡々と法要をこなしていたように記憶しています。

でないと、正気ではいられない心理状態だったのでしょうね。


それにしても………、よくやったな自分、と、今は恐々しながらも懐かしく思い出せるようにまでなりました。


🎨『パレット』イラスト/ポピー(アナログパステル画&デジタル編集)

書籍『未来へのメッセージ ~明日を生きる君に贈る100のメッセージ~


私の娘たちの幼い頃をイメージして作画した2015年の作品を久々に眺めていて思いました。

自由にのびのび育ててきたつもりでも、親が描いたシャボン玉の型に閉じ込めて、私の一存だけで膨らませた儚い人生の暗示が、このイラストだったのかな…と。

皮肉と自責を込めて客観視(検証)してみました。


二年後の2017年に次女の自死、それからさらに四年目の夏が来ましたが、イラストに魂を吹き込んでくださった某クリエイターさんの詩文も、今では物悲しいです。



  『パレット』


  ひとつひとつ

  君にしかわからない

  光を放つ あの日の種は

  君の笑顔に逢いたくて

  青い星の母なる大地

  頼りなげに揺れ

  倒れないように

  今日も根を張る


  巡る季節

  降り注ぐ陽射し

  目を細め

  白い歯をのぞかせる

  夏の午後

  陽に焼けた肩が輝く


  君はナニにも属さない

  地球の一部


  手探りで

  手繰り寄せる明日


  麦わら帽子が飛ばされても

  君は見つめていた

  燃え始めた空を


  そしてまた

  明日を手繰り寄せる


  未来の花束を

  アレンジするのは

  君にしか出来ない

  不思議なイマージュ

  (詩文/M.W.)



亡き娘がこの世でやりたかっことを心で感じとりながら、パレットを手にとって一緒に描けたら、それが一番の供養になるように本気で思えてきた、四年目の夏です。

星のしずく*管理人


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