とっておきのものを探しに
親の(主人と私の)影響で、うちの家族はムーミンが大好きでした。
アニバーサリーに因んだ特別劇場版アニメ等も然り、街角でムーミンショップを見かけると必ず立ち寄りますし、自宅のカレンダーは全室ムーミンです。
有ちゃんが還って逝く半年ほど前の2016年の夏、当時さいたま新都心のショッピングモール内にオープンした北欧雑貨店に、実際の?等身大ムーミンと言われるほどの大きなぬいぐるみが飾られていました。
(というかソファーにどっしりと座っていました👀)
売り物ではない展示用でしたが、日数はかかるけれど注文して取り寄せることが可能だと言われ、子どもたちには内緒でこっそり注文していたのです。
一ヵ月後。
「今日は新しい仲間が家に来るよ。とても大きい子が海外からね」と、有ちゃんに話すと、
「え~~海外から!? どこの国?? 日本語は喋れるの?? 何歳くらい??」と、目をまん丸に見開いて、ソワソワと落ち着かない様子を見せました。
「新都心で待ち合わせしているから、一緒に迎えに行かない?」と私が誘うと、
「行く行く行くーーーーっ! どんな子?? 名前は??」
そう言って部屋に走って行ったかと思うと、少しお洒落なワンピースに着替えて来たではありませんか。
🚘
大きな仲間を迎えに新都心へ。
北欧雑貨店でソレをパピーさんが受け取り、両手で抱えて待ち合わせ場所に現れると、「えぇぇぇぇぇーーー」と奇声を上げて、ひっくり返りそうになりながら笑っていた有ちゃんでした。
(長女は大学のサークルか何かで出かけていたので、後に対面)
あの夏からまる9年経ちます。
事後からは、ムーミン=物悲しいキャラクターになってしまったので、本当は家族で行くはずだった埼玉県の飯能にある『ムーミンバレーパーク*メッツァビレッジ』に、4年程前我々夫婦だけで重々しく足を踏み入れたのは、寺院を拝観巡りするような慰霊や供養に近い意味があったから。(結果楽しめる時間もありましたが)
そういうわけでムーミンには物悲しさが付いて回る我々家族。
けれど、見た目が緩いキャラなので癒されると感じることが多く、何かイベントをやっているとついつい観に行ってしまうという。
今回は、小説出版から80周年記念企画、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の➡『トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~』を慰霊☆鑑賞してきました。
📷油彩画(作者自画像)。真ん中は描画中のトーベの写真。
「ムーミン」では豊かな線の世界を展開したトーベが、油彩画では一貫して線よりも色彩を重視しています。
📷フィンランドで刊行されたスウェーデン語系の政治風刺雑誌『ガルム』で挿絵を初めて描いた15歳のトーベ。
風刺画には反戦への強い思いがあらわれているようです。
📷ムーミン谷の彗星(初版表紙画)
📷初期の頃のムーミンはお顔が細長い!?
ダークな雰囲気の色合いも独特な世界観があります。
📷小児病棟の壁画に描かれた原画と、実際に描かれていたサイズを再現(上)。
ムーミンと仲間たちの楽し気な雰囲気で、入院治療中の子どもたちの不安も紛れたでしょうか。
📷物語を体感してみる映像展示。
📷「見えない女の子」のキャラクター画に有ちゃんを重ね、やはり少しだけ物悲しい気持ちになりました。
あれ…?、この設定だと有ちゃんは服も着ていないことになるか…(;´・ω・)
📷スナフキンらしい台詞から。
📷トーベ・ヤンソン(1914―2001)
父は彫刻家、母は挿絵画家という環境に育ち、幼少期から画家を志す。1945年から25年書き続けた「ムーミン」シリーズが世界各国で人気を博しました。
~とっておきのものを探しに~
私にとって。家族にとって。かけがえのないもの。
『楽しいムーミン一家』に纏わる愉快なエピソード。その想い出の中から響き渡ってくる、有ちゃんのけたたましい笑い声を、久々に聞けたような気がしました。
一緒に観ていた主人もきっと。
この日は終始、嬉しそうな様子で、なんといっても目が笑っていましたから。
(普段はどんだけピリピリしているやら)。
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